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【太宰治と 桜桃忌と 墨美神と】


水無月。


水がないと書くこの月に作家、太宰治は玉川上水に入水した。


奇しくも太宰の遺体は彼自身の誕生日に見つかり


最後に書いた『桜桃』という短編から


この日を『桜桃忌』と呼ぶようになったそうである。








つい先ごろのこと。


ご縁があって、太宰治をイメージした企画展に誘われた。


創作にあたって、年初より太宰治の作品を読みあさり


時には皮肉たっぷりな毒気にあたって気力を失いながらも


物語に登場する女性たちのようにひたむきに純粋に向き合ってみた。









私が題材に選んだのは5作品。


以下、一部抜粋と合わせてご紹介します。




「革命も恋も、実はこの世で最もよくて、おいしい事で、あまりいい事だから、おとなのひとたちは意地わるく私たちに青い葡萄ぶどうだと嘘うそついて教えていたのに違いないと思うようになったのだ。私は確信したい。人間は恋と革命のために生れて来たのだ。」


の『斜陽』




「本能、という言葉につき当ると、泣いてみたくなる。本能の大きさ、私たちの意志では動かせない力、そんなことが、自分の時々のいろんなことから判って来ると、気が狂いそうな気持になる。」


「先生は、私の下着に、薔薇の花の刺繍のあることさえ、知らない。」


の『女生徒』




「夫の顎の下に、むらさき色の蛾が一匹へばりついていて、いいえ、蛾ではありません、結婚したばかりの頃、私にも、その、覚えがあったので、蛾の形のあざをちらと見て、はっとして、と同時に夫も、私に気づかれたのを知ったらしく、どぎまぎして、…」


の『おさん』




「縁側の明るみに出されて、恥ずかしいはだかの姿を、西に向け東に向け、さんざ、いじくり廻されても、かえって神様に祈るような静かな落ちついた気持になり、どんなに安心のことか。」


の『皮膚と心』



そして


母は少しまじめな顔になり、

「この、お乳とお乳のあいだに、……涙の谷、……」

 涙の谷。

 父は黙して、食事をつづけた。


の『桜桃』。







太宰治の心の底辺に、江戸時代の近松門左衛門が流れていたように、


まだ江戸が遠くない時代の空気が吹き込むように


今回、私は墨美神(私の描く水墨美人画の名称)を5幅、創作した。


5幅、つまり作品を掛軸の形に仕上げてみた。


伝統的なマニュアルどおりの掛軸でなく、


作品を着物地に描き、それに着物や帯を合わせていくように、


訪問着など贅沢な反物を重ねて、豪華でかつ現代的な掛軸を、手作業で仕上げてみた。




初めての試みに不安はつきものだが、


良い出会いは、新しいアイディアを生む。


人との出会いも然り。


そして真っ直ぐにひたむきに向き合っていれば、良い結果を生む。


太宰との出会いに感謝するこの半年だった。




墨美神と、樋口鳳香を支えてくださった方々に改めて深く感謝申し上げます。










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